スキップしてメイン コンテンツに移動

就職氷河期世代のアルバイトと転職の軌跡

就職氷河期を乗り越えてきた私の挑戦と転職の経験

就職氷河期を乗り越えてきた私の挑戦と転職の経験

高校を卒業して数年後、私は就職氷河期の世代に突入し、大学受験では2回浪人した末に挫折してしまった。

最初は「いなげや」というスーパーで午前中のアルバイトを始めたが、協調性がないのか、なかなかうまくいかず、半年ほどで辞めることになった。

その後、実家の建設業で働き始めたが、体力が足りず、やはり続けることができなかった。

その後、いくつかのアルバイトに挑戦したが、どうも見た目が暗いせいか、うまくいかなかった。そして最終的に、引っ越しのアルバイトに就くことになった。

しかし、この仕事は非常に厳しく、朝の6時から深夜の2時まで働き、その後また朝6時に出勤という生活が続いた。すぐに耐えられなくなり、結局その仕事も一日で辞めてしまった。

その後、プラスチック工場で深夜のアルバイトをしたが、立ちっぱなしの厳しい労働で、1週間で辞めざるを得なかった。

その頃、インターネットはまだ普及していなかったが、ミュージシャンの仲間を探してさまざまな人と出会い、交流を深めていた。出会いを求めていたのか、特に異性との出会いに憧れを抱いていた。

そんな中、公共機関で働いている人と知り合い、その紹介でその機関で働くことができるようになった。

最初は大変だったが、仲間たちは素晴らしく、まるで学校に通っているような楽しい雰囲気の中で働くことができた。建設業や引っ越しのような肉体労働とは違い、立ちっぱなしではあったが、こまめに休憩が取れる環境で働くことができ、さらにボーナスも支給された。

しかし、楽しい時間を過ごしながらも、次第にお金が不足していることに気づいた。インターネットが普及し始めた頃には、副業としてIT関連の仕事に応募したが、全て失敗に終わった。

この時期、私は安定した生活を求めて、公共機関の仕事とIT関連の仕事を掛け持ちすることを夢見ていた。しかし、なかなか思い通りにはいかない時期が続いた。

© 2025 @ほぼ無職50 - すべての権利を保有

コメント

このブログの人気の投稿

【挑戦できない日本】「できないからやる」はなぜ評価されないのか?

挑戦がしづらい日本社会の空気|できないから挑戦する意味とは? 夕焼けに照らされた会議室で、未来を語り合う人々の姿。 「対話」「協力」「希望」の象徴としてこの写真を選びました。 「挑戦してみたい」と思っても、空気を読んでやめる。 日本ではそんな場面、よくある気がしませんか? 「できないのにやるのは迷惑」「下手ならやるな」という空気が、挑戦する自由を奪っている——そんな風に感じることがあります。 でも本当は、「できないからこそ挑戦する」ことにこそ価値があるんじゃないでしょうか? ✅ この記事のポイント: 「できないからこそ挑戦する」 「英語が下手なら黙ってろ」 「失敗しながら上達するもの」 「できる人がやった方がいい」 「努力すれば何でもできる」 「できる人が目立つ」 「挑戦する自由」 「適材適所」 「やってみよう」 英語が下手だと笑われる?日本の英語教育の現実 たとえば英語。 話せないから勉強しているのに、たどたどしく話すと笑われる。 「英語が下手なら黙ってろ」というような雰囲気が、結果的に日本人の英語力の伸びを妨げているのかもしれません。 本来、語学もスポーツも仕事も「失敗しながら上達するもの」なはず。 「できる人がやるべき」には合理性もある 一方で、「できる人がやった方がいい」という考え方にも理があります。 経験者がやった方が効率的だし、ミスの許されない医療や建築などでは、挑戦の前に資格や訓練が必要です。 適材適所。 つまり「向いている人がやる」という考え方もまた、社会を円滑に動かす上で必要な価値観です。 挑戦は誰にでも必要か?努力万能主義の落とし穴 「できない人が挑戦すること」がいつも正しいわけではありません。 向き不向きがあるのも事実で、「努力すれば何でもできる」という思い込みは、プレッシャーや燃え尽きにもつながりかねません。 挑戦することと、自分の特性を知ること。両方を大切にしたいところです。 日本にも「努力...

「しっかりしろよ」と言われ続けた僕が、やっと見つけた答え

「無職」という言葉に負けない生き方 無職という言葉を聞くと、 何もしていないように思われるけど、 そんなことはない。 自分はアルバイトやパートの働き方を選んでいる。 正社員として働いたことはないけど、

部屋着ばかりでやる気が出ない人へ|服装が心と人生に与える意外な影響

服装が人生を変える話 部屋に放置されたスウェットパンツ。 「だらしなさ」と「心の乱れ」が見える景色。 僕の20代は、良くも悪くもエネルギッシュだった。毎日が勢い任せで、無茶もしたけど、それなりに充実していた。 でも40代に入ってから、なにかが壊れたような感覚がずっとあった。日々がぼやけて、やる気も湧かない。崩れていく自分を止められなかった。 ──その原因が、ようやく一昨日わかった。 服装が気持ちをつくっていた おしゃれの話じゃない。 服装=けじめ という話だ。 20代の頃は、家でも外でも同じ格好で過ごしていた。帰宅してもジーンズのまま、ちゃんとした姿勢で机に向かっていた。部屋着なんて概念、そもそもなかった。 でも今は? スウェット、ジャージ、ヨレヨレのTシャツ。ずっとそんな格好でだら〜っと過ごしてる。 着替えもしないままスマホをいじり、気づけば日が暮れてる。 これはもう、心がゆるんでるんじゃなくて、 崩れてる 。 部屋着が習慣を壊す もちろん、コロナ禍で在宅時間が増えた影響もある。でも正直、その前からゆるゆるになってた。 「服装なんて楽な方がいい」と思っていた。でも、それがメンタルに悪影響を与えていたなんて、当時の僕は想像もしてなかった。 服を意識的に分ける そこで、思い切って生活用の服を分類することにした。 部屋着 :完全オフ用。寝る・くつろぐ用。 仕事着 :在宅でも「作業モード」になれる服。 外出着 :気分が引き締まる服。 これだけで、驚くほど気持ちが切り替わる。人に会わなくても、身なりを整えることで「今からやるぞ」ってスイッチが入る。 気づけばベルトが1本だけ 服を分けて意識しようとしたら、ベルトが1本しかないことに気づいた。 前は3本あったはずなのに、今はヨレた1本だけ。 だからまずは、 ベルトを買う 。それが僕の再スタート。 小さなけじめが、人生を立て直す 服装って、ただの布じゃない。 自分の状態を映す鏡 なんだと思う。 今、気持ちが崩れかけてるなら、まずは身なりから整えてみて。 きっと少しずつ、心も整っていく。 生活習慣 , メンタルケア , 人生...