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2023/10/29

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 9時起床。

ルーティンのあと人体クロッキー&AbemaTV。

11時ごろ昼の支度。もやしのお好み焼きとご飯とインスタント味噌汁と作り置きのおかず2品。たぶん人生初のお好み焼き定食。炭水化物と炭水化物。悪くはないけど重い。

案の定そのあと睡魔に襲われ午後2時30分まで寝たり起きたり。

急いで支度して出勤。

その時思った、いや以前からちょっと思い始めてたんだけど、実家は駅にものすごく近いところにあった。だから小学校も中学校も駅から離れた所にあったからすごく遠い感じがしてたんだけど、なぜか駅から一番離れた地域から来ている生徒が羨ましく感じた。なんでかな?でも中学卒業すると大体が電車通学になるから羨ましく感じてた人たちはみんな駅まで遠い道のりをチャリを使ってたわけです。もちろんワタシは徒歩。それでもなぜかチャリで駅まで通学している人たちが羨ましかった。というか複雑な帰路がかっこよく感じた。うちはものすごく単純だったから。図で説明するとこんな感じ。







そう考えると学生時代に感じてた憧れは今叶っていることになるのかな?本当は単にコロナで仕事の量が減ったから交通費を浮かせるために遠い駅までチャリ通勤しているだけなんだけど。

あそうだ。働けるのに働かない人一人はワタシですw

もうギリギリの生活のラインというのをみつけてしまって、かなり厳しい生活だけど贅沢しなければ問題ないのでそれ以上仕事したいと思わなくなったから労働意欲はなくなりました。

話を戻します。

最寄り駅の西友で飲み物と和菓子を買って問題なく出勤。

出勤そうそうブログを書く。前日の記憶はあるけど2日前の細かい記憶が微妙になってきている。大雑把には覚えているけど。結局3記事投稿する。

なんでこんなの投稿しているのかというと記憶力のためもあるけどそれだけじゃなくてブログ、記事を書くことに慣れたいのです。昔は抵抗なくスラスラ書いてたときもあったけど年齢を重ねると昔できたことができなくなるという一般論は信じてません。もちろんできなくなることも多々あるけどただ面倒になっているだけだと思う。それは30歳超えると新しい音楽を聴かなくなる人が多いというのと同じで聴けばやはり楽しいし壁なんてない。ということと直結してます。何を言いたいんだろうワタシはw

投稿したあと5分仕事して休憩。夕食は西友のレトルトカレー味噌汁。あとファンタグレープのちっさいやつ。

音楽やって、クロッキーの苦手な部分を練習して動画みて、模写して、Abemaみて退勤。

夜東京の田舎はだいぶ冷えてきた。西友で水ともやしと、玉ねぎとレタスのサラダを買う。チャリで英語の歌を歌いながら帰宅。

すぐに調理。今日は米麺とめんつゆとささみ肉。うまかった。

いろいろやって3時過ぎに就寝。


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